作られた習慣

先日、NHKの『BS歴史館「シリーズ英国王室(1)ビクトリア女王 純愛が生んだ栄光」』を観ていた。初回は1837年にイギリス女王として即位したヴィクトリア女王の特集だった。そのなかで、ヴィクトリア女王が「純白のウェディングドレス」を結婚式で着た最初の人物であること、クリスマスに「クリスマスツリーの設置」や「プレゼント交換」を行う習慣を広めた物であることが紹介されていた。

これを聞いて思い出したのは、日本の習慣で、バレンタインデーに愛しい人にチョコレートを贈ることと、お正月に神社仏閣へと初詣に行くことだ。共通するのはどちらも、元々は存在しなかった行事を、誰かが意図的に習慣化したものだということだ。ヴィクトリア女王が純白のウェディングドレスやクリスマスの習慣を広めたのも、これらに通ずるものがある。


今でこそ結婚式と言えば「純白のウェディングドレス」を着るのが一般的である。しかし当時のイギリスでは、結婚式では、色が濃く、金糸や銀糸などで装飾をしたゴージャスなウェディングドレスを身に纏うのが一般的で、純白のウェディングドレスを着るなど誰も想定していなかった。

ではなぜヴィクトリア女王は敢えて純白のウェディングドレスを着用したのか。それは、ヴィクトリア女王が即位する以前に、正当な後継者であるジョージ4世直系の王族が亡くなっており、国民の王室への不信感があったからだ。このイメージを払拭するために着た純白のウェディングドレスは、イギリス人の基質にも合ったのか国民にも快く受け入れられ、以後現代に至るまで広く定着することになる。

それはさておき、クリスマスの習慣について書こう。クリスマスにクリスマスツリーを飾る習慣は、存在しなかった習慣ではない。元々古代ゲルマンの頃より続き、ドイツで行われていたクリスマスツリー設置の習慣をヴィクトリア女王が輸入し、イギリスにも広めたのだ。

プレゼント交換もこの時にヴィクトリア女王が発案し、新聞や写真などのメディアを通じて王室の生活風景を国民に知らしめることで広まった。プレゼントとなり得る製品を製造する業界は、プレゼント交換の流行によって多少なりとも利益を被っただろう。

こうして、クリスマスにはツリーを設置し、プレゼント交換を行うという習慣が根付いたのだ。


ではここからは日本の話をしよう。

バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣を菓子メーカーが作ったという話は、それなりに知れ渡っていることだろう。この習慣の起源には諸説あるが、 1936年に神戸モロゾフが「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というキャッチコピーを大々的に掲げ、恋人にチョコレートを贈ることを推奨したのが始まりという説が最も古い。今でもこの忌わs…素敵な習慣が続いていることは言うまでもない。

もう一つ、あまり知られていないのは、初詣もまた作られた習慣であること。明治初期以前の日本には、毎年の恵方にある神社仏閣を参拝する「恵方参り」こそあったが、初詣という習慣は存在しなかった。では、誰がこの習慣を作り出したのか。

初詣という習慣を作り出したのは、鉄道会社である。明治中期、恵方参りのために電車を利用させられると目論んだ各鉄道会社は、自社の路線を利用する方向に恵方を設定し、恵方の概念を無きものとした。この時から、恵方参りは初詣と呼ばれるようになった。


このように、大昔からある習慣に思えても、実はそのルーツは最近だったということがある。大抵は金回りをよくするために始められたものだが、現代ではもはやその意図は忘れ去られている。今回紹介したのは純白のウェディングドレス、クリスマスの習慣、バレンタインデー、初詣の4つ。これら以外にも、まだまだたくさんの作られた習慣があるだろう。

「なぜこんな習慣があるのだろう」と疑問に思った時は、そのルーツを探ってみると、想像だにしないスタート地点にたどり着けるかもしれない。